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琉球王国の誕生と琉球王朝の終わり

琉球王国は、1429年から1879年にかけて存在した国です。はじめ沖縄本島は北山、中山、南山という三大勢力に分かれ、統一はされていませんでした。

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3つの勢力のトップがそれぞれ「王」を名乗っていました。「琉球版三国志」です。1429年、南山の按司(豪族)であった尚巴氏によって三山が統一され、琉球王朝が誕生しました。これ以降、王国は尚家が独占していくことになります。

初代琉球国王である尚巴志は、首里城を中心に政治を行い、外交交易に力を入れます。琉球統一を成し遂げた尚巴志王は68歳でこの世を去ります。王の死後、琉球王朝は次第に衰え不安定な政情が続きます。

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第2代琉球国王の尚忠王は在位5年で死去、3代目国王も在位4年で死去するなど短い王位が続きます。その後も、王位をめぐる権力争いで首里城が全焼するなど、後継問題で王朝は揺れていきます。そんな中、琉球王国は東南アジア諸国や日本、中国や朝鮮と貿易や外交を行い影響を受けながらも、独自の歴史や文化を築き発展させていきました。

時は流れ、関ケ原の戦いから9年後の1609年3月、薩摩の大名であった島津家が琉球王国に攻め入ります。時の王、尚寧王は兵を動員し抵抗しますが、豊富な戦いの経験をもち鉄砲を使う薩摩軍の前ではどうにもならず、4月には首里城を明け渡します。薩摩藩の実質的な領土になった琉球王国ですが、政治上の実権はないものの独立王国の形は残されます。

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それは中国と貿易している王国の利益を、薩摩藩が得るためでした。尚寧王は捕虜となり薩摩へと連行され、江戸に向かい徳川家康と秀忠に謁見しました。2年後、尚寧王は琉球へ戻されますが、今後も薩摩藩に忠誠を誓う起請文を書かされ、王国の存続は認めながらも支配下に置かれたままでした。

そして1871年、明治政府によって廃藩置県が行われました。天皇を中心とした国家が誕生し、琉球王朝は終わりを迎えました。